なえまる*はなまる

典型的かに座なアラフォー庶民のQOLを上げる暮らしのアレコレ

木の上に立って見る親*子育ての悩みや親としての自分について

こんにちは、なえまるです。

いつもご訪問いただき、ありがとうございます。

 

今日はちょっとした悩みについて……。

 

私って親としてどうなんだろう?

 

 

自分自身が子供の立場から見た、親とはどういう存在であるか?

自分自身が親という立場での、親とはどういう存在であるべきか?

親とは?ということを考えさせられる機会が多かった2022年の上半期。

 

あまり難しく考えているわけでもないのですが、考えて行動しないといけないなぁと思うこともあったので、今日はここに書き残しておこうと思いまして……。

 

 

子供について思っていること

 

ブログでは家族のことを積極的に書くつもりはありません

 

このブログを始めた時、ブログを書いているのは私で、私の思ったことや感じたことを書くけれど、家族のことは積極的には出さないようにする、と決めていました。

 

家族に降り掛かっていることは、私のできごとでもあるけれど、あくまでも家族それぞれのできごとなので、それを勝手に私がブログに書くことは正しいことではないかなと……。

 

なのでこれからも、家族や子供のことを主体に出したり、家族や子供にこういうことがあった!というような内容のブログは書かないようにと思っています。

 

ですから、今日のこのブログでも、具体的にこういうことがあったから……というお話ではなく、ふんわりしたことを書いていくと思いますが、それでもよければお付き合いいただければ嬉しく思います。

 

自分の目の届かないところでしっかり成長している

 

今年度に入り、自分が歳を重ねているように子供も大きくなっていて、思いもよらない成長を遂げていることに気付かされた出来事がありました。

 

親が手を引いてやらないとできないことばかりだろうと思っていたら、親の想像を遥かに超える熱量を持って行動していた!という……。

 

園や学校、習い事など、私たち親から離れて、子供は子供なりにひとりで生活している。

その中でお友達や先生、お友達のお母さんなんかとの関わり方を、子供なりに経験して成長しているのだと、改めて実感しています。

 

子育ての持論と言えるとするならば「人と比べない」

 

さしたる子育て論があるでもなく、大それたこともできてはいませんが……。

気をつけていることはあったなぁ、と思ったのはこれでした。

 

子供のことを人と比べて見ない

 

これは自分自身が、変わっていると言われ続けたことから来ていると思います。

私にとって「変わっている」は褒め言葉なのですが、それでも何を持ってして変わっているという評価がつくかというと、「普通」という物差しと比べられているからだと思うのです。

 

私は私自身を何かと比べて、持ち上げられたり下げられたりしたくない。

私だけじゃなくて、人として生きている限りはみんなそうかなと思うのですが……。

 

そういう思いから、子供のことも、他の子と比べて見ないようにしているつもりです。

というか、余裕がなくて我が子のことしか見えていないので、我が子ができること、我が子ができないことが子供の姿、と思いがちな面もあります。

我が子の身長が高いとか低いとか、そういうことさえも気に留めていなかったという側面もあって、良し悪しなのですが……。

 

木の上に立って見ると書いて親

 

そんな私が親としてできることはなんだろう、とか真面目に考えさせられる出来事に直面して、少し真剣にこれからのことを考えて行かなきゃなと思っているところであります。

 

木の上に立って見る、と書いて親

 

この言葉を初めて聞いた時、なんて深いんだ……!と感銘を受けました。

 

心配性な自分との戦い

 

とにかく私は心配性です。

自分自身のこともですし、家族に何かあったらどうしよう、と悪いほうにばかり考えてしまう……。

 

何かの行動について悪い方へ考えてしまうのは、自分自身を守ろうとする意識からきているところもあると思います。

 

だけどそれは家族や子供のことを信じていない、ということにもつながるなと思うところもあります。

 

ここはなんとかしてなおしたいと思っているところです。

家族や子供をよく見て、信じて送り出せるように!

 

木の上に立って見る。

それは信じて見守る、ということなのかなと。

 

子供に対して恥ずかしくない存在でいたい

 

やっぱり子供は親を見て育つと思います。

生活基盤が子供にとっての世界の始まりであるわけで、それが全てであるとも言える。

 

家庭の姿は本当にいろいろで、自分の育った環境が素晴らしいものだと思っていても、人から見たら過干渉だ!と言われたり……。

結婚して他人同士が暮らして家庭を築いていく中での葛藤があり、そこに生まれた子供にとって、できれば居心地の良い素敵な環境で育ってほしい、という願いこそあれ……。

はてさて、どうだろう?と悩む日々です。

 

ただ、素晴らしい大人としての姿を見せることができていなかったとしても、恥ずかしいと思われるような行動はしたくないなと思います。

 

心配性で過干渉かもしれない、でも私たち親子がそれで居心地がよければいいのかなと思うけど……。

周りからの言葉で傷ついたり、何かを感じるようになってきた年頃の子供にとって、恥ずかしくない存在でありたいなと思いました。

 

木の上に立って見る。

何かあってもそれを見守りつつ、すぐには手出しをしない。

 

子供と共に成長していくために

 

私自身、親という存在に支えられて生きてきた子供です。

だけど、私が子供を産んだ日から、私も親になりました。

 

でも、自分が親を見てきて、彼らは私の親だ!と当たり前に思っていたけれど。

自分自身が親になってみて、全然親らしいことができてないじゃん!と思うこと多々……。

親は、子供と共に成長して親になっていくのだと改めて実感しています。

そして自分の両親への感謝の気持ちが溢れ出ています。

(が、それを直接両親に表現できるほど素直でないのもいけません……)

 

子供の成長と共に私も成長して行きたいし、成長するチャンスを子供に与えてもらっているのだと思うと、身の引き締まる思いでいっぱいです。

 

木の上に立って見る。

付かず離れず適度な距離で子供を見守りつつ、子供が何かに迷ったり助けを求めてくれた時には、一緒に歩んだり、手を差し伸べたりできるところにいてあげる。

 

おしまい

 

木の上に立って見る、と書いて親。

その言葉の意味を噛み締めながら、これからの子育てや自分の人生の教訓にしていきたいと思う今日この頃。

 

先日また一つ歳を重ねて、いよいよ不惑が近づいてまいりました。

日々反省したり、やってしまった……と思いながら生活していますが、親としても成長して行けたらいいなと思うばかりです!

 

ぼちぼち頑張ります!

 

ということで、本日はここまで!
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!